2026年4月27日(月)
縁が縁を呼ぶ——北竜町との不思議なつながり
「父(熊本 姓)がここの出身なんです。和(やわら)ってね、昔言っていました」と、濱本校長は照れながら話してくださいました。
滝川市で生まれ育ち、これまで、岩見沢市、新十津川町、栗山町、砂川市と空知各地の学校を歩んできた校長先生が、今回初めて北空知の地に赴任されました。
真竜小学校への着任が決まった時、最初に開いたのが北竜町ポータルだったといいます。「北竜って決まった時に、いろいろやっぱりここにヒットしますからね、最初にね。こんなお店あるんだとか、こんなイベントしてるんだとか」と、目を細めて話してくださいました。
田中佳樹 教育長とのご縁も、またひとつの奇縁です。20年以上前、赤平中学校に在籍していた頃、教頭に着任したばかりの田中教育長が「学校をなんとかよくしよう、いい学校を作ろう」と熱意にあふれ、若い30代・40代のスタッフを引っ張ってくださったといいます。
巡り巡って、今また同じ北竜の地で、教育の未来を語り合う。人と人のつながりの不思議さ、そのあたたかさが、濱本校長先生の言葉ににじんでいました。
「北竜の宝物がいっぱい!」——校長室から見えた景色
着任してわずか3週間。それでも濱本校長の口から次々とあふれ出るのは、北竜の子どもたちへの愛と驚きでした。
ボタンを押さない子どもたち
毎朝、校門前の横断歩道で旗を持って子どもたちを迎えていた校長先生は、不思議なことに気がつきます。向こう側に子どもがいるのに、横断歩道のボタンをなかなか押さないのです。
「ある程度経ったら押して来るんだけどなぁ。。。」。
と不思議に思い、保護者の方に尋ねると、返ってきた答えは、
「車が通っている間は待つんです。北竜で育った人間に染みついているマナーなんです」。
誰が教えたわけでもない。大人がやっているのを子どもたちが見て、そういうものだと自然に身につけていく北竜町の子供達。濱本校長は
「今は自分のことばっかり考えてね、自分優先でやるようなことがいろいろあるのに、子供たちの行動には本当に驚きました」。
と静かに語り、この町の根底に流れる「和の心」に深く打たれたとお話しくださいました。
校長室だよりに示されたのは「町の色を理解し、子ども一人一人を理解し、未来づくりのお手伝いをしていくことが、私たちの役割です」という濱本校長の誠実なお言葉でした。
けん玉と、きっかけをくれる大人たち
玄関には、子どもたちが昼休みに自由に触れるけん玉が並んでいます。
教育委員会・社会教育主事の岸直樹さんが毎週火曜日、4年間続けてきたけん玉クラブ(参照:北竜町ポータルカテゴリー・北竜けん玉クラブInstagram)。
朝の登校見守りにも立ってくださる岸さんの姿を見て、子どもたちは自然と懐いていきます。
「きっしー、きっしー!」と子どもたちが呼ぶ声を、校長先生はあたたかい眼差しで見守っています。
「この町は本当に、社会教育みたいな部分がすごく充実しています。小さな小さな町なのに、いろんなことにチャレンジしているんだな」と、着任間もない濱本校長は、北竜町の底力に目を見張っていました。
給食のお米に感動
「給食のお米が美味しくてびっくりしました」と笑顔でおっしゃっていた校長先生。北空知の米の美味しさは格別だという驚きは、きっと北竜の豊かな大地への第一歩です。
「真竜小学校には宝物がいっぱい!」——発信への情熱
前任の砂川北光小学校の閉校に際し、濱本校長はFacebookを活用して全国に散らばる卒業生へ情報を届け、NHKなど複数のメディアとも連携して閉校の記憶を残してきました。
「情報を発信するって、これからの教育にすごく大事だと思っています」——その言葉には、実体験に裏打ちされた確信がありました。
一年生の給食会にNHKを招き、保護者にも声をかけると半数が集まった。「子どもが映ってる、孫が映ってるよって聞くのも、きっと楽しいんだろうな」と嬉しそうに話す校長先生の顔が印象的でした。
真竜小学校のホームページもリニューアルしたい、インスタグラムも始めたい——やりたいことが次々とあふれ出てきます。
「真竜小学校には宝ものがいっぱいです」と語る優しい笑顔の濱本校長。「ぜひいつでも取材に来てくださいね」と温かくお声かけくださいました。
義務教育学校への転換——9年間という宝の時間
2029年(令和11年)、真竜小学校は新築校舎のもとで義務教育学校としての新たなスタートを切ります。小学校から中学校まで、一貫して子どもたちの9年間を見守る。この歴史的な転換期に着任した濱本校長は、義務教育学校の校長同士で連携しながら、「9年間でどう育てるか」を今まさに語り合っています。
「故郷を愛する気持ちを育てるにはどうすればいいのか。。。」そのお言葉は、静かに、しかし力強く、人々の心に刻まれました。
「たとえ北竜を出ていったとしても、この町で育った誇りを胸に、世界へと羽ばたいてほしい」という濱本校長の願いは、まっすぐにそこへ向いていました。
新たな赴任の春——毎日が感激
慌ただしい着任の日々の中でも、「毎日がなんだか感激なことに出会ってワクワクしています」と、校長先生の表情には曇りひとつありません。
「素晴らしい町に来て、本当に良かったです」——この言葉が、すべてを物語っていました。
結びに——「有未代」という名前に込められた願い
濱本有未代——その名前をそっと胸の中で読み返してみます。
まだ見ぬ素晴らしい未来(未)を、自らの手で引き寄せ(有)、次の時代(代)へと繋いでいく。
まるでこのお名前が、今この時代の北竜町のために用意されていたかのようです。
4月の校長室に、春の光があたたかく差し込んでいました。
濱本校長先生のあたたかな笑顔と、子どもたちへの深い愛情が、この町の未来をやさしく照らしていく——そんな予感に満ちた、忘れがたいひとときでした。
真竜小校長室だより
真竜小校長室だより
組織・服務・研修・教育情勢・校内ニュースなど ④
080427 文責 校長「やってみるか」に感謝!
前回のたよりでUDフォントについてお話ししたところ、早速おたよりや資料に活用してもらい、「あなたの話を聞いていましたよ」というメッセージとなり、私に伝わりました。「フォントくらいで変わるわけがない」、「私のクラスには関係ない」と感じたとしても、「そう言うなら変えてみるか。たいした手間ではないし」と行動してくれた先生に感謝です。
(注:UDフォント(ユニバーサルデザインフォント)とは? 誰でも読みやすいように設計された文字(フォント))
呼び捨てからさん付けに変えようとしてくれている先生を見て、応援したくなっています。
個人目標に、教育目標の達成を意識した言葉が並んでいる学級もあります。校長の思いを受け止め、子どもたちに丁寧に向き合ってくれた担任の先生の姿が目に見えるようでした。
学校の中には、教育委員会の指示通達や、校長の経営方針等、トップダウンで行われるものがあります。指示待ち人間が増える、現場の意見が反映されにくい、不満が拡大しやすいというデメリットがあると言われています。
北竜町の目指す「子育ち」についても、先生方それぞれご意見はあるでしょう。しかし、この小さな町が、教育から変わろうとしている、教育という時間のかかる分野に着手し、やがて大きく花開くことを期待して、今、動き始めているということに、私は畏敬の念すら覚えます。
「町の願い」が、結実するよう、私はこの町の小学校長として学校経営を進めていこうという気持ちになっています。
優しき北竜の子
毎朝、外で登校の様子を観察していて、子どもたちが、なかなか手押し信号のボタンを押さないことに気付きました。「左右の確認に時間をかけているのかな」と最初は思いました。
しかし、一緒に見守りをしてくださった地域の方から、「車が通っている間はボタンを押さず、待っているのが北竜で育った人間に染みついているマナーなんです」と教えていただきました。なるほど確かに、車が近づいているときは、誰もボタンを押しません。
自分が横断歩道を渡りたいという気持ちより、車のスムーズな通行を優先してあげる町民性に、衝撃を受けました。
「誰に習ったわけでもない。みんな自然とそうしている」と別な方に聞き、この町の根底に流れる優しさを知りました。
私たち学校職員は、何年か経てばいなくなる「よそ者」です。しかし、一度勤めると決まれば、その町の子どもたちのために、全力で向き合います。そのためには、町に溶け込むことが大切です。
どんなに正しくても、相容れない方向で頑張っていては、どちらにとっても辛い。子どもに向き合うということは、未来人材を育てることで、結果、その町の未来を作り出しているということです。
自己流や経験によるルーティンを見直し、町の色を理解し、子ども一人一人を理解し、未来づくりのお手伝いをしていくことが、私たちの役割です。
授業をする教員ばかりではありません。事務や会計年度職員等、学校に携わる全ての立場から、子どもを見つめ、町を知り、できることを確実に進めていくのです。
教育に「平均的」を求めていたのは高度成長期のお話です。今は多様性の包摂、個々のよさを伸ばす時代です。一人一人をよく観察し、よいところやできるようになりたいことを共有し、それぞれのゴールへ向かわせてあげてください。
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