2016年12月13日(火)
12月11日(日)11:00より、北竜町公民館大ホールにて、干場一(ほしば はじめ)氏・平成28年秋の叙勲「瑞宝双光章受章」受章祝賀会が盛大に開催されました。大ホールには173名の関係者の方々がお祝いに駆けつけました。
干場一氏・瑞宝双光章受章祝賀会
干場一氏は、平成28年11月3日(祝)、秋の叙勲にて地方自治功労による瑞宝双光章を受章されました。
瑞宝章は、国及び地方公共団体の公務に長年にわたり従事して功労を積み重ねられ、成績を挙げた方に授与されます。
干場氏は、昭和24年から平成3年まで、42年間余の長きに亘り、地方公務員としての職務を果たされ、多大なる功績を残されました。この栄えあるご受勲を心よりお祝い申し上げます。
瑞宝双光章・勲記勲章
<叙勲とは>
叙勲は、国家又は公共の為に功労のあった方を対象に勲章が授与されるものです。
日本の勲章は、大勲位菊花章、桐花大綬章、旭日章、瑞宝章、文化勲章、宝冠章の6種類。
旭日章は功労の内容に着目し、顕著な功績を挙げた方に授与され、また、瑞宝章は、公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方に授与されます。それぞれ、 大綬章 、重光章 、中綬章、 小綬章、 双光章、単光章の6段階に区分されます。
春秋叙勲は、毎年2回、春は4月29日、秋は11月3日に発令されます。
受章者には、所管大臣(一部、都道府県知事)による伝達式が行われ、授与後、受章者は勲章を着用し、配偶者同伴で皇居にて天皇の拝謁が行われます。
平成28年秋の叙勲は、旭日章及び瑞宝章を合わせて4,054名(うち女性389名)の方々が受章されました。
・旭日章 927(うち女性 45)名
・瑞宝章 3,127(うち女性344)名
瑞宝章のうち瑞宝双光章は全国で、
・瑞宝双光章 998(女性125)名
北海道では70名の方々が瑞宝双光章を受章されました(※ 参照:内閣府・平成28年秋の叙勲等)。
干場一氏・平成28年秋の叙勲「瑞宝双光章受章」祝賀会・小冊子
干場ご夫妻のご入場です。
会場の模様
ご夫妻入場
北竜町在住の長谷川康子さんの司会により開式。発起人である北竜町・佐野豊 町長のご挨拶です。
▶ 発起人お祝いの挨拶:北竜町・佐野豊 町長
北竜町・佐野豊 町長
「本日の受章祝賀会の開催にあたり、発起人としてひと言ご挨拶を申し上げます。
栄えある瑞宝双光章を受章されました干場一様の受章祝賀会が、この様に大勢の皆様のご出席を賜り開催できましたこと、誠に喜びに堪えないところであります。
永年にわたり、地方自治の進展と町づくりの推進に多大なご貢献を頂きましたご功績に対し、11月3日秋の叙勲において、めでたく受章の栄に浴されました。心よりお祝い申し上げる次第であります。
本日の栄誉の陰には、家庭を守り、心おきなく職務に専念できるよう献身的に支えてこられた奥様のご苦労に対しましても敬意を表するものであります。大変ご苦労様でした。
皆様、すでにご承知のとおり干場様におかれましては、昭和24年2月に当時の北竜村役場職員として奉職以来、平成3年4月に退職するまでの42年余にわたり職務に精励されました。
昭和51年8月から昭和54年4月まで北竜町教育長として、また昭和54年4月から平成3年4月までは北竜町助役として、その豊富な経験と卓越した識見・指導力を発揮され、町の産業振興・福祉の向上・教育文化の振興など広範多岐にわたりご尽力を頂きました。
今日の北竜町の発展と繁栄をもたされた功労者であり、叙勲に輝くそのご功績は、本町の地方自治進展の牽引者と申し上げても過言ではありません。
このように多くの皆様が、本日の祝賀会にご出席頂きましたのも、干場様のご功績と温厚誠実なお人柄、敬愛の念と信頼によるものであり、ここに皆様方とともにそのご功績を讃え、本日の栄誉を重ねてお祝い申し上げる次第であります」。
会場の模様
「ここで干場様のご活躍の足跡の一端を申し上げさせて頂きます。
干場様は、昭和24年に奉職後、各課長を歴任され、昭和51年47歳の若さで北竜町教育長に就任し、町内の教育行政に尽力され、多くの功績を残されました。
文化・芸術面では、昭和53年に第1回公民館まつりを開催し、日本舞踊やダンス・絵画・手芸・俳句等多種多様の発表の場を町民に提供されました。
スポーツにおいては、農村環境改善センターの新築・スキー場の造成など、子どもから高齢者まで町民誰もが生涯学習として、スポーツを学べる体制づくりを確立されました。
教育面では、健全な学校経営をはじめ、学校教材や施設の整備等に卓越した手腕を発揮されたのであります。
また、昭和54年には、北竜町助役に就任され、豊富な行政経験を生かされ、当時の森町長の補佐役として町の発展に多くの功績を残されました。
助役在任中農業分野においては、転作作物の所得向上対策として、北竜メロンやひまわりスイカのブランド化・農産物加工実習センターの新築、さらには国営農地開発事業や農業構造改善事業、農村総合整備モデル事業に着手するなど、本町の基幹産業の発展に大きく寄与されました。
保険・福祉の分野においては、町立診療所の新築と高度医療機器の整備に努め、医師の確保に奔走し、医療の環境整備にご尽力されました。さらには、特別養護老人ホームの建設を成し遂げ、高齢になっても生きがいのある町づくりに貢献されました。
北竜町における観光は、ひまわりを核とした町づくりを現在も進めておりますが、その礎となったのが昭和55年から始まった、ひまわりの作付けであります。
干場様はこのひまわりを町おこしのシンボルとして、広大な『ひまわりの里』の造成に着手されました。この観光資源が、今日では全国をはじめ海外からも多くの観光客が訪れるようになり一躍全国に北竜町の名が知れ渡り、町民の誇りとなりました。
また、サンフラワーパーク北竜温泉の建設にも力を注がれ、助役退任後は北竜振興公社常務取締役として、北竜温泉の開設準備にご尽力され、初代支配人として温泉の運営に多大なるご貢献を頂いたのであります。
町行政に対しまして、永年にわたり寄与頂きましたご功績の一端を申し上げましたが、どうか今後とも、北竜町の発展と安心安全な町づくりのために、なお一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。
結びに、干場様のご健勝、ご家族皆様のご繁栄を心からご祈念申し上げ、発起人としてのお祝いの言葉といたします。
本日は、誠におめでとうございます。
司会・長谷川康子さん
会場の模様
▶ 花束贈呈
干場ご夫妻のひ孫さん達からのお祝いの花束贈呈です。
・竹内舞音(まお)ちゃん、琉聖(りゅうせい)くん
・伊藤陽菜(ひな)ちゃん、陽哉(はるき)くん
・伊藤寧音(ねね)ちゃん
ひ孫さん達からお祝いの花束贈呈
干場ご夫妻とひ孫さん達
▶ 祝辞:北竜町議会・佐々木康宏 議長
北竜町議会・佐々木康宏 議長
「干場一様、干場家の皆様、本日は誠におめでとうございます。
私達も大変嬉しいのですが、干場家にとっても大いなる名誉です。
今日の祝賀会には、役場職員の先導で入場されました。本日の会場は、サンフラワーパークのスタッフの皆さんで用意され全て手作りです。地元の力でしっかりと祝賀会が催されました。小さな町ですが、総合力のしっかりした町です。これも干場様のお陰であろうと感謝致しております。
私と干場さんの娘さんは、同級生です。小さい頃からお父さんお母さんという見方でずっと接して参りました。その中で、色んな人柄を感じたものであります。
私が北竜町議会議員一期目の当選の時に、干場さんは助役としての最終任期でした。最後の任期の4年間を一緒に、議会・行政の推進に真っ直ぐに関わらせて頂きました。多分に色々とご迷惑をおかけしたと思います。当時、干場さんは、議会毎に議案というものを助役の立場で説明されます。現在は、資料1資料2という形式です。しかし、干場さんの時代は、数十ページに亘る議案を3時間4時間かけて読み上げていらっしゃいました。しっかりと自分の言葉で議案を説明したいという強い意思で取り組まれていらっしゃいました。
町長のお話の中で、ひまわりの里の基礎を築き上げられたというお話がありました。この後、田中さん、四辻さん、北清さんがご挨拶申し上げます。この4人の方たちが、ひまわり観光を考案し、現在の町の観光の存在に繋がっています。皆さんの喜びもひとしおだと思います。
干場さんは、現在87歳ですが、82歳のときからブログをスタートし、しっかりと自ら情報発信されています。様々な御教授を頂きながら楽しみに拝見しています。これからも続けられて、ご指導頂きたく思います。
今日、和保育園で、お遊戯会がありました。1歳のお遊戯会と87歳の干場さんの祝賀会、お祝いが重なるおめでたい日となりました。お遊戯会で、母の会の方のお言葉に『運動会は勝ち負けを競うものですが、お遊戯会は手を繋ぎ合って連携をして、みんながひとつになって笑顔を作る会なのです』とありました。
北竜町は小さな町でありますが、手を携え笑顔で協力し合う北竜町でありたいと思っています。
それを作って頂いた干場一さん、本当にありがとうございます。
これからもまだまだ北竜町を見守り、ご指導程宜しくお願いいたします。本日は誠におめでとうございます」。
干場一さん、俊子さんご夫妻
▶ 祝辞:前北竜町議会等OB会・田中盛亮 会長
前北竜町議会等OB会・田中盛亮 会長
「干場一さん、本日の瑞宝双光章受章、おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
私が初めて干場さんを知ったのは、小学校3年生くらいだったと思います。古い小学校の校舎で南に離れの教室がございました。放課後に行ってみますと、町の青年達が大勢集まっていて、卓球をして楽しんでおりました。そこに干場一さんもいまして、なんとカッコイイ青年だなぁと子どもながら思いました。
4年生になり朝礼の時、校長先生から先生として干場一さんをご紹介されました。干場さんは1年半の助教諭としての勤務でした。その後、雨竜の土功組合(現在の土地改良区)にいかれ、その後北竜町役場に勤務され、各課の課長さんを勤められ、一生懸命仕事をされている姿を拝見していました。
干場さんから直接のご指導を頂いたのは、教育長、助役の時でした。私が議会にいたとき、あの素晴らしい森町長さんの元に、助役という大役を一生懸命こなされ、素晴らしいという印象があります。
先程からお話がありましたように、何事にも手抜きをせず、一生懸命やるというのが干場さんの日頃の姿です。
受章の発表が新聞に掲載された数日後、新聞に中国の古いことわざ『百里いくものは九十理を半ばとす』が掲載されました。百里歩くものは、九十理行ってもまだ半分と思いなさいというものです。『もう少しだと思って、手抜きしたり舐めてたらいかんのだよ。一生懸命やるんだよ』という意味だと思います。この言葉をから、干場さんの生き様を重ね合わすことができた次第です。本当にご苦労であります。
役場の業績につきましては、それぞれの立場でお話がありましたので省略しますが、素晴らしい成果の元に、退職後は、サンフラワーパーク北竜温泉の支配人として今の基礎を作って頂きました。
その他、色んなボランティアをやって頂きました。その中で、特にご紹介したいのは、パークゴルフです。干場さんは、神社・北竜温泉・美葉牛地区などにパークゴルフ場を自ら造成して、10年間に渡り会長をされ、我々を指導してくださいました。
もう一つは『新老人の会』という105歳の医学博士である日野原重明さんが会長を務める全国組織の会のことです。
干場さんは、北海道支部の10人いる世話人のお一人で、積極的に活動されているそうです。以前、北竜町でパークゴルフ大会が開催された時、『新老人の会の総会の司会をしなくてはいけないので、大会には参加できない』と大変残念そうにお話をされていました。干場さんに任せておくと万全だ、という信頼感の証であり、干場さんのお人柄がにじみ出ていることを感じました。
干場さんは、9人兄弟の長男です。弟さんや妹さんの世話を良くしましたし、その兄弟も干場さんのお人柄を理解していたので一生懸命支えてきました。素晴らしい干場ファミリーです。先程ご紹介がありましたが、奥さんの内助の功も素晴らしく、ご主人の仕事をしっかりと理解されて尽くしていらっしゃいます。素晴らしい功績を残されたことに、改めて敬意と感謝を申し上げます。ありがとうございました。
干場さんは87歳とは思えない若さを保っていらっしゃいますが、数え年で満88歳です。この度の受章が、88歳の米寿のお祝いと重なるというおめでたい受章となりました。これまで色々お世話頂きましたが、少し肩の力を抜いて、余裕の範囲内で我々に何かとご助言を頂ければと嬉しいと思います。
今回の受章、重ねて心よりお祝いを申し上げます。ありがとうございました」。
拝聴する干場ご夫妻
▶ 祝電披露
北竜町役場企画振興課・長谷牧子 係長より、祝電が披露されました。
北竜町役場企画振興課・長谷牧子 係長
「この度は、叙勲の栄に浴され、誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げますとともに、今後ますますのご健勝と一層のご活躍を祈念いたします。干場 功」
「この度、叙勲の栄に浴され、誠におめでとうございます。心よりご祝辞を申し上げます。干場 香名女」
「この度の瑞宝双光章ご受章、誠におめでとうございます。これからもご健勝で、益々のご活躍を祈念しております。広瀬 直樹・一二美」
「おじさん、この度のご受章おめでとうございます。遠く沖縄の地より、この輝く栄誉を心からお祝い申し上げます。直接お祝いに行くことができず、申し訳ありません。これからも健康にご留意のうえ、いつまでも元気な姿を見せてください。沖縄県那覇市 大場 昌弘」
「栄えある瑞宝双光章ご受章を心からお祝い申し上げます。長年のたゆまぬ努力が報いられ、お慶びもひとしおのことと存じます。お体ご自愛のうえ、ますますお力を発揮されますようお祈りいたします。札幌市 柏葉 明」
▶ 記念品贈呈
佐野町長より「表彰額」目録の贈呈、桜岡町内会・腰越誠 会長よりお祝いの贈呈、町職員が代表して、参加者皆様からのお祝いの贈呈です。
桜岡町内会・腰越誠 会長よりお祝いの贈呈
参加者皆様からのお祝いの贈呈
▶ 謝辞:干場一様
干場一様の謝辞
「本日は、師走に入り公私共々何かとご多用の中、この様に多勢のご出席を頂きありがとうございました。
私はこの度はからずも、平成28年秋、地方自治功労による瑞宝双光章受章の栄に浴し、身に余る光栄に感謝を致しております。
去る11月7日、高橋北海道知事より勲章の伝達を受け、11月9日、皇居・春秋の間に参内し、天皇陛下に拝謁の栄誉と共に、温かい励ましのお言葉まで賜り、感謝の極みでございました。
更に、佐野町長の発起人挨拶、田中さんの祝辞で私の現役時代について丁重な紹介と過分なお褒めの言葉を頂き恐縮いたしております。ありがとうございました」。
干場一様謝辞
「省みますと、昭和22年3月、空知農業学校を卒業と同時に、真竜小学校助教諭、雨竜土功組合に書記で勤務し、昭和24年2月、北竜村役場技術職員として奉職し、平成3年4月30日迄の42年間地方公務員として勤務させて頂きました。
就職時は勿論、係・役職の変わる毎に新人一年生。職場の皆さん、町民の皆さんに数多くのご指導ご鞭撻を賜り深く感謝申し上げます。一般職、係長、課長、教育長、助役、振興公社常務と数多い担当を頂きながら、大過なく経過させて頂いたことは、皆様からの援助のお陰と思っております。
私は退職時、この後の生活目標を「日々是生命之限報恩感謝」と決意して努力して参りました。
戦前・戦中・戦後、世代の変化の厳しい時代を生き、本年米寿を迎えた幸福者です。
今後もいささかなりとも御厚情に報ゆるべき微力を尽くす所存でございますので、変わらぬ御厚誼を賜りますようお願い申し上げまして、お礼の言葉とさせて頂きます。
本日は本当にありがとうございました。
干場一様謝辞
▶ 乾杯:元北竜町教育委員会・北清喜初 教育長
元北竜町教育委員会・北清喜初 教育長
この度、素晴らしい章を受章されたことを心よりお祝いとお慶び申し上げます。
私、長年に亘り干場さんと仕事を一緒にさせて頂きました。色々な思い出はございますが、その中でも干場さんが助役時代に、国・道・市町村が大変苦しい財政難に陥ったことがございます。市町村各地で、新規採用の職員ゼロが続き、メモ用紙一枚にも神経を使う時代でした。
干場さんは長年の経験を生かしまして、行政手腕を遺憾なく発揮され、国あるいは道から助成金・交付金を戴き、予定通りの事業を何年も行うことができました。多くの苦しいことがありましたが、健全な財政を確立していたことは事実であり、素晴らしいことだと思っております。
これらのことが、今回の受章に繋がったのではないかと思います。私達OB会も大変喜んでおります。
干場さんが今後益々健康でありますように、そして干場さん御一家の一層のご発展を心からご祈念申し上げまして、乾杯をいたします。乾杯!!!
乾杯!!!
祝酒と豪華なお料理が次々と並べられました。
▶ お赤飯・茶碗蒸し
お赤飯・茶碗蒸し
▶ 鰹のタタキと蛸のサラダ仕立て
鰹のタタキと蛸のサラダ仕立て
▶ 鮪・烏賊・帆立・雲丹
鮪・烏賊・帆立・雲丹
▶ 海老とブロッコリーのチリソース
海老とブロッコリーのチリソース
▶ 和牛の煮込み・じゃが芋ニョッキのクリームソース
和牛の煮込み・じゃが芋ニョッキのクリームソース
▶ 鮭の照り焼き、オクラ、数の子、出汁巻玉子、花蓮根
鮭の照り焼き、オクラ、数の子、出汁巻玉子、花蓮根
ミルクレープロールケーキ2種・フルーツ・ミント
▶ 祝宴模様
▶ 万歳三唱:北竜町ひまわり長寿会連合会・四辻進 会長
北竜町ひまわり長寿会連合会・四辻進 会長
「この度の叙勲受章、大変おめでとうございます。
42年間町役場に奉職されまして、数々のそれぞれの主要ポストを歴任され、最終的には助役さんという重責を担い、北竜町の基礎づくりをされましたことに改めて感謝申し上げます。
退職されましてからは、我々高齢者のために、温泉施設・パークゴルフ、あるいはゲートボール・ひまわり観光と『みんなで出て歩こう・やろう・がんばろう』という意向のなかで我々を励ましリードして頂きました。
これからもこの力を充分発揮して、我々に明るく力強い勇気を与えてくれることを願い、そして干場家の弥栄(いやさか)をご祈念申し上げて、万歳三唱いたします。声高らかにご唱和のほど宜しくお願い申し上げます。
万歳!万歳!万歳!」。
万歳!万歳!万歳!
声高らかなる万歳三唱のご唱和で祝宴の幕が下ろされました。
おめでとうございます
ご退席
御礼のご挨拶
▶ 記念撮影
ご親族記念撮影
ご親族記念撮影
干場一さん、俊子さんご夫妻
▶ 叙勲受章記念品
叙勲受章記念品
実直で誠実な、絶え間ぬ努力の功績が積み重ねられ、
栄えある瑞宝双光章を受章された干場一氏に、
心からの敬意と感謝とお祝いを申し上げます。
おめでとうございます!!!
おめでとうございます!!!
▶ 写真(218枚)はこちら >>
▶ 干場一さんブログ「新老人の会・北竜町」はこちら >>
▶ 参考ページ
・勲章の種類及び授与対象(内閣府)
・平成28年秋の叙勲等(内閣府)
・平成28年秋の叙勲受章者名簿・北海道(PDF)
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◇ 撮影・編集=寺内昇 取材・文=寺内郁子