2014年2月13日(木)
昭和41年(1966年)設立の「道俳句会 北竜支部」は、現在、山本玲子 支部長(80歳)を中心に、会員9名の方々が活動している俳句会です。今年で48年を迎える、今なお元気な俳人の会。
設立当初、主宰として指導にあたられていた俳人が北光星(きた こうせい)氏。
北光星氏は、大正12年(1923年)北海道北見市生まれ。4歳から28歳まで北竜町で過ごす。「ふもと」主宰・竹田凍光氏の手引で俳句を始められました。昭和24年(1949年)細谷源二氏の『氷原帯』に編集同人として参加。大工俳人として俳句界で注目を浴びました。
昭和25年(1950年)北竜町和に「氷原帯 北竜支部」を設け、田中北斗氏、中村耕人氏、宮脇竜氏、加葉田可六氏、松平幸雄氏、島本研二氏、池津海彦氏らの新鋭を育成。昭和30年(1955年)同人誌『礫(つぶて)』創刊。
昭和41年(1966年)『礫』を終刊し、総合協同俳誌『扉(とびら)』創刊。同年「道俳句会 北竜支部」を発足。
昭和47年(1972年)『扉』は『道(どう)』と改題され、季刊から光星主宰の月刊誌になりました。 現在『道』は、源鬼彦(みなもと おにひこ)氏 主宰のもと出版されています。
左:俳句雑誌『道(どう)』 右:道俳句会・北竜支部の皆さん(撮影:2014年2月5日)
手前左より:杉本隆文さん、宮脇龍さん、中村耕人さん、山本玲子さん
奥左より:山岸正俊さん、吉尾広子さん、阿部れい子さん、山下好晴さん
(佐光久美子さん・所用にてご欠席)
北竜支部での活動は、毎月上旬に開催される句会。メンバー9名の方々が、「ひまわり青年会館」(北海道雨竜郡北竜町字和28−2)に集まり、午後5時よりおよそ2時間半の講評会が行われます。
句会前に、ひとり8句を当番の人に提出。これが、なかなか大変。副支部長の山岸さんは、農作業時に思いついた句を忘れないように、トラクターに紙と鉛筆を用意して書き留めていらっしゃるそうです。
毎月の句会の当番の人は、会員の72句(9名☓8句)を、前半の部・後半の部用の36句づつ2つに分け、名前を書かずに番号を付けて模造紙に書いておきます。
句会の当日は、その模造紙を壁に張り、司会者が番号と句を、一句づつ読み上げます。
会員は、36句から、並10句と特選3句を選択。そして、選んだ俳句の番号を紙に書いて支部長に提出。
支部長は紙を取りまとめ、選んだ人の名前と番号を読み上げていきます。
模造紙の前の会員が、手際よく番号の句の下に選んだ人の名前を書き込みます。特選を選んだ人の名前は丸で囲んで並と区別。並1点、特選2点を加点して、各句毎に合計点数を書きます。
山岸さん司会のもと、点数が多い順に、句を選んだ会員が俳句を講評します。
会員は、俳句の言葉から描き出されてくる風景、想いを感じるがままに、自分の言葉で表現。
40年以上継続していらっしゃるベテランの方々だけあって、感性が豊かで表現力が味わい深く、流石です。
視点の素晴らしさ、季語の使い方、表現方法など、一句一句丁寧に活発な意見交換が続きます。
ひと通り講評が終わった後、作者が名乗りでます。
「ありがとうございました」講評していただいた会員へのお礼が述べられます。
ストーブの温かさに包まれ、テーブルに用意されたお茶とお菓子を戴きながら、和気藹々。電子辞書で季語を確認しながら、時に真剣に、時に笑いを交えながらの楽しいひととき。
「毎回、とにかく俳句を沢山作ることです。たくさん作って、たくさん講評し合うこと。数を重ねること、継続することが、学びの第一歩です!」
と優しい笑顔の宮脇龍さんから素敵なお言葉を戴きました。
ありがとうございます!
日本語の豊かさ、素晴らしさをしみじみと実感したひとときでした。
たくさんの感動をありがとうございました。
<得点の高かった句のご紹介>
産土の積雪すでに身丈超す 中村耕人
椴松の胸で稽古の春一番 宮脇龍
大吹雪世の戯事を持って行け 山本玲子
健在のどんぶり飯や雪の朝 阿部れいこ
何時からか二人で一個冬林檎 吉尾広子
大雪の底にてひらく辞書の海 山岸正俊
農村の夢を叶えて寒の雨 山下好晴
川面這う朝霧重き母の文 佐光久美子
祖母の忌や遺影の瞳春近し 杉本隆文
俳句会の模様
自然の恵みの中、日常のひとときの中で、
感じられたものが、言葉となって生み出されていく俳句。
言葉が季節をめぐり、季節の中で言葉を感じ取り、
呼吸をするように言葉が流れ、動きまわる俳句に、
大いなる感動と感謝と祈りをこめて。。。
左:俳句は型 型は心 心は伝統 北光星
右:俳句とは 風土が生む命の起き臥しから授かる詩である 源鬼彦
(俳誌『道』より引用)
北竜町の俳句を支えられ、盛り上げていらしゃる方々を『北海道文学大辞典』などによりご紹介します。
▶ 故・北光星(きた こうせい)氏
大正12年(1923年)北海道北見市生まれ。本名、北 孝義。
昭和23年(1948年)「ふもと」主宰・竹田凍光氏の手引で俳句を始める。
昭和24年(1949年)細谷源二氏の『氷原帯』に編集同人として参加。
大工俳人として俳句界で注目を浴びる実力者。
昭和25年(1950年)北竜町和に「氷原帯 北竜支部」を設け、田中北斗氏、中村耕人氏、宮脇竜氏、加葉田可六氏、松平幸雄氏、島本研二氏、池津海彦氏らの新鋭を育成。
昭和30年(1955年)同人誌『礫(つぶて)』創刊。
昭和41年(1966年)『礫』を終刊し、総合協同俳誌『扉(とびら)』創刊。「道俳句会 北竜支部」を発足。
昭和47年(1972年)『扉』は『道(どう)』と改題、季刊から光星主宰の月刊誌となる。
昭和57年(1982年)北海道文化奨励賞を受賞。 平成5年(1993年)鮫島賞を受賞され、北海道の俳壇振興に大きく貢献しされました。
句集として、『一月の川』(昭和30年)、『北光星俳句集』(昭和37年)、『伐り株』(昭和45年)、『頬杖』(昭和56年)、『道遠』(昭和61年)、『遠景』(平成4年)、『天道』(平成10年)、さらに『句眼歳時記』(昭和54年)、『句集序文集』『翔韻』(昭和58年)があります。
平成13年(2001年)逝去。享年78歳。
(参照:北海道文学大事典・北光星 ほか)
▶ 源鬼彦(みなもと おにひこ)氏
昭和18年(1943年)樺太生まれ。本名、源 進。
昭和41年(1966年)より北光星氏に師事。
昭和54年(1969年)俳誌『道』の編集部長となる。
昭和59年(1984年)『道』俳句作家賞受賞。
平成13年(2001年)北光星氏の逝去に伴い『道』の後継主宰となる。
俳人協会の北海道副支部長、北海道俳句協会の常任委員を務める。
平成17年(2005年)第33回札幌文化奨励賞を受賞。
平成19年(2007年)俳人協会北海道支部長就任。
平成25年(2013年)北海道新聞日曜文芸選者就任。俳句文化の向上に大きく貢献していらっしゃいます。
句集として、『白鳥』、『流韻』、『海峡』(平成10年)、『北天』(平成17年)、『北溟』(平成21年)、さらに『俳句入門』(平成20年)などがあります。
(参照:北海道文学大事典・源鬼彦 ほか)
▶ 故・田中北斗(たなか ほくと)氏
大正11年(1922年)北竜町生まれ。本名、田中 保。
昭和23年(1948年)より農業協同組合に勤務の傍ら、北光星氏に兄事し作句。
昭和30年(1955年)「氷原帯」同人を経て、北光星氏、中村耕人氏らと同人誌『礫』創刊。 昭和47年(1973年)「道俳句会」の同人会長に就任(平成17年まで)。
昭和47年(1973年)扉作家賞受賞。 平成7年(1995年)鮫島賞受賞。北海道の俳句振興、北竜町の俳句活動に大きく貢献されました。 俳人協会会員。
句集として、『空知』『一炉の奥』、合同句集『北竜』(昭和44年)、『雪卍』(平成6年)があります。
平成17年(2005年)逝去。享年83歳。
(参照:北海道文学大事典・田中北斗 ほか)
▶ 中村耕人(なかむら こうじん)氏
昭和6年(1931年)北竜町生まれ。本名、中村 利弘。
昭和24年(1949年)より北光星氏に師事、「氷原帯」に入会。
昭和28年(1953年)第2回氷原帯賞受賞。
昭和30年(1955年)北光星氏のご指導を仰ぎ、田中北斗氏、宮脇龍氏とともに俳誌『礫』を創刊。
昭和32年(1957年)句集『農夫の旗』を刊行し、農民俳人として高い評価を得る。中村耕人の作「雪を堀り 土を堀る 頭さえ見えず」の俳句は後世に詠みつがれています。
昭和46年(1971年)扉作家準賞を受賞。 平成17年(2005年)「道俳句会」同人会会長就任(現在に至る)。 俳人協会会員。
句集として、合同句集『北竜』(昭和44年)、『槲』(昭和52年)、『三道』(平成8年)、『四天』(平成18年)があります。
(参照:北海道文学大事典・中村耕人 ほか)
▶ 宮脇龍(みやわき りゅう)氏
昭和7年(1932年)1月1日北竜町生まれ。本名、宮脇 順治。
昭和26年(1951年)より北光星氏に師事。翌年「氷原帯」に入会。
昭和30年(1955年)氷原帯新人賞受賞。
昭和31年(1956年)北光星氏、田中北斗氏らと俳誌『礫』を創刊。
昭和41年(1966年)俳誌『扉』編集同人。
昭和47年(1972年)『道』編集同人。 平成9年(1997年)『道』俳句作家賞受賞。 平成17年(2005年)「道俳句会」同人会副会長就任(現在に至る)。 俳人協会会員。
句集として、『二色の天地』(昭和35年)、合同句集『北竜』(昭和44年)、妻宮脇美和子さんとの夫婦句集『虹二重』(昭和52年)、『青田』(平成9年)、『稲の花』(平成19年)、さらに、随筆集『すべり台』(平成5年)、『折々の記』(平成13年)があります。
(参照:北海道文学大事典・宮脇竜 ほか)
◆ 関連ページ
・北竜町文化サークル
・北海道文学大事典 人名編
◇ 撮影・編集=寺内昇 取材・文=寺内郁子
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