認知症サポーター養成講座の内容を私なりにわかりやすくお伝えしたいと思います。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。

『郵便です』~ある介護施設でのやりとり~【02】

2016年5月16日(月) 

『郵便です』
~ある介護施設でのやりとり~


『郵便です』~ある介護施設でのやりとり~
『郵便です』~ある介護施設でのやりとり~(作:香味尚之)

(画像をクリックすると別画面でスライドが読めます)


登場人物

Aさん(女性利用者) 、M介護員、W介護員(新人)

1. 職員の目線から

Aさんは75歳、女性のかたでアルツハイマー型認知症の診断を受けていらっしゃいました。
性格はとても朗らかで、優しく穏やかな方です。

ある日の午後、Aさんはすたすたと歩いてトイレに入っていきました。

その様子を新人の女性W介護員が見ていました。
Aさんは、ひとりではズボンの上げ下ろしがうまくできません。
W介護員はそのことを知っていたので気になりトイレへ駆けつけました。

Aさんの入っているトイレの扉には鍵がかかっています。
W介護員(いつもなら、Aさんは鍵をかけわすれるのに...)
鍵がかかっていますので、はっきりと中の様子をうかがい知ることが できません。

W介護員『トイレは終わりましたか-?』

心配になり声をかけてみました。
ところがAさんの返事はなく、待ってもなかなか出てくる気配がありません。

ためしに、W介護員が扉にノックをしました。
すると Aさん『はーい』というこえがかえってきました
(よかった、返事してくれた)。
中にいるAさんに、もう一度は声をかけました。

W介護員『トイレ終わりましたかー?』

しかしAさんの返答はなく、またも沈黙です。
いったい、どうしたのでしょう。

近くを通りかかった、
先輩のM介護員が様子をみにきました。
困っていたW介護員はいきさつを説明しました。M介護員は事態をすぐに理解しました。

トイレにいるAさんに声をかけました。
M介護員『Aさーん、今どちらにいらっしゃいますかー?』

Aさん『はーい、うちにいますよー』と声が返ってきました。
M介護員『Aさん、すみません。鍵をあけてくださいませんか?』
Aさん『それはできません』

M介護員は、立ち止まりすこし考えました。
Aさんがトイレに入ってかれこれ、10分以上たっています。

(意を決したM介護員)
M介護員『Aさん、郵便ですよー』と声色をかえて声をかけました。

すると
Aさん『はーい』
という返事とともに鍵をあけてくれたのです。

Aさんは、洋式のトイレにただチョコンと座っていました。
新人のW介護員は AさんとM介護員とのやりとりに、目をまるく していたのでした。

読み解くのにいくつかポイントをあげてみました。

(1)Aさんはアルツハイマー型認知症。見当識障害があります。
   見当識障害とは時間や場所がわからなくなることをいいます。

(2)W介護員の「トイレ終わりましたか」という返事にはこたえませんでした。
   しかしノックには返事があった。

(3)M介護員はAさんの見当識障害のことを知っていました。
   そのことを踏まえ、Aさんに今どこにいるのかということを質問しました。

(4)Aさんはトイレにいるのに、うちにいるとこたえました。
   M介護員はうちにいると言うAさんの事を考えて、かける言葉を選びました。

次にAさんの視点をわたしなりに想像して書いてみました。

2. Aさんの世界

Aさんは、ひとりでおちつけそうな場所をさがしていました。
ようやく目当ての場所にたどりつきました。

Aさん『やっとついたわ』と安心して椅子に座りました。
(うちが一番おちつくわね...)と一息つきました。

扉があいています。いつものように扉を閉めました。
お父さん(夫)から家の鍵を閉めないのは不用心だと常日頃いわれてました。

すると外から声がします。
若い女性『トイレは終わりましたか-?』と聞こえてきます。

Aさん(なにをいってるのかしら。うちにいるのにへんね...)

つぎに扉をノックする音が聞こえました。
(なんでしょう。こんどはお客さんかしら...)

Aさん『はーい』と返事をしました。

若い女性『トイレ終わりましたかー?』

Aさん(また声をかけてくるではありませんか。
人の家をノックして、トイレだなんておかしなことを言う子ね、いたずらかしら...)

男性『Aさーん、今どちらにいらっしゃいますかー?』
今度は男性の声が聞こえてきました。

Aさん(私のことを呼んでる...)
『はあい、うちにいますよー』と返事しました。

男性『Aさん、すみません。鍵をあけてくださいませんか?』と声をかけてきました。

Aさん、すぐに「それは、できません」とかえしてやりました(知らない男が鍵をあけてくださいって、 鍵をかけておいてよかったわ。お父さんの言うとおり。 だれがあけるもんですか...)。

用心していると、あたりは静かになりました。

時間が経ち、落ち着きを取り戻したAさん。
すると眠くなりうたたねをはじめました。
・・・
なにか声が聞こえてきます。
ハッと目が覚めると、

「Aさん、郵便ですよー」と郵便局の馴染みのお兄さんの声が聞こえました。

Aさん(郵便局のお兄さんきたんだわ...はやくでなきゃ)

扉をあけると、そこには見たことのない青年がニコニコしながら立っていました。
郵便局のお兄さんはそこには見えませんでした。


▶ 認知症の人への対応の心得

● 自尊心を傷つけない

トイレにいるAさん。うちにいると認識しているのです。 頭ごなしに否定したりすると、Aさんは混乱してしまいます。 M介護員は、Aさんの想いになるべく沿えるように、郵便ですと声をかけました。
この場合、トイレの中にいるAさんの表情を確認することはでき ませんし、心情をくみ取るのは容易なことではありません。 このような時でもAさんの自尊心を傷つけない優しい態度でいることが大 切です。

● 急がせない・驚かせない

いつもは鍵をかけ忘れるAさん。トイレに鍵をかけるのは普通のことなのに、普段と違うAさんの行動に職員は戸惑います。中の様子も見えませんし、時間が経つにつれて、鍵を開けてくれないことに職員は焦りを感じます。認知症の方は、急がされたりすることが苦手です。ゆっくり相手のペースに合わせることがポイントです。

◎ Aさんはいったいどうしたかったのでしょう
 
このトイレでのやりとりにたくさんのヒントがあります。

このことがわかれば、Aさんに普段なにが必要なのかを考えること ができるのかとおもいます。
Aさんをひとりのひととして、Aさんの気持ちや想いを理解しようすることを、Aさんが望んでくれるなら、そこからきっとなにか見えてくるものがあるかもしれません。

◎アルツハイマー型認知症とは

「アルツハイマー型認知症は、簡単にいうと脳細胞が死滅して、脳が委縮 していく病気である。一般の人でも歳をとるにつれて 脳細胞は減っていく が、アルツハイマー型認知症では、それが病的な速さで起こってく。10 0年以上前に発見された病気であるが、その原因 は、まだはっきりとわ かっていない。」
(認知症介護基礎研修標準テキスト・P22より引用・監修 認知症介護研究・研修センター・(株)ワールドプランニング社)

イラストについては、フリー素材を使用させていただいてます。
まだわたしも勉強の途中です。尊厳を尊重しながら、よき理解者、よき支援者になりたいとおもいます。

ここまで読んでくださりありがとうございます。香味 尚之(カミ ナオユキ)


Kamiの認知症ケアサポート 
満開の桜@金比羅公園(撮影:香味尚之)


認知症についてのご質問・ご感想はこちらから 
皆さんのご質問やご感想は、多くの人びとにとって大変貴重な勉強となります。
私も一所懸命取組んで回答いたしますので、どうぞご遠慮無くお問い合わせください。
皆さんと一緒にケアサポートしていきたいと思います。よろしくお願いします。


Kamiの認知症ケアサポート