認知症サポーター養成講座の内容を私なりにわかりやすくお伝えしたいと思います。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。

木を見て森を見ず【No.06】

2016年9月20日(火) 

朝夕日毎に涼しくなりました。それでも今年は例年になく猛暑の年であったと思います。
台風による豪雨の影響で北海道・岩手などの地域で甚大な被害がありました。
亡くなられた方々のお悔やみを申し上げます。また、被害に遭われた地域の一日も早い復興を願っています。

先月の記事でお伝えしていた、毎年夏に行われる「北商ロードレース大会」マラソン大会が台風の影響で、残念ながら中止となってしまいました。ぜひ来年、準備をして挑戦したいと思っています。


《やさしい心遣い》

つい最近あった、ある町の60年の歴史のある老舗のおもちゃ屋さんでの出来事です。とある街の大通りに面した商店街の一角に小さなおもちゃ屋さんがありました。

店頭には昔懐かしいおもちゃやガチャガチャ、ゲームなどが並べられており、私は懐かしさにひかれて、お店の中に入りました。店内に所せましと並べられた商品。プラモデルやボードゲーム、お人形、目新しいものよりも古いおもちゃのほうが目に飛び込んでくるのはどうしてなのか、まるで少年時代にタイムスリップしたかのような気分になりました。

なにか面白いものはないかと目をこらして探していると、なんと昔欲しかったヨーヨーを発見。
かれこれ30年以上も前のものです。その当時、ある飲料メーカーのオリンピックのキャンペーンでヨーヨーが販売されており、子どもたちの間でちょっとしたブームになっていました。親にねだって買ってもらい、ヨーヨーで遊んだ記憶がよみがえります。

私はそのヨーヨーを購入することにしました。お店の中央に小さなレジがあり、そこに座っているおばあさんがみえました。「あそこにあるヨーヨーが欲しいのですが」と頼みました。
おばあさんはヨーヨーの箱を手にして、レジにいる店主のおじいさんの所へ行き値段を伝え「勘定してちょうだい」と言いました。

おばあさんは、ヨーヨーの箱を机の上に置き、棚から1枚の包装紙をだしました。誰かに贈ると頼んだわけでもありませんので、ちょっと驚きました。おばあさんの様子が気になり見ていると、手もとの動きはゆっくりですが、随所に丁寧な包み方をしていました。

商品とともにじぶんの懐かしい想い出も一緒に大切に扱ってくれているように感じました。言葉のやり取りがあったわけではないのですが、その心遣いに、おばあさんのおもちゃ屋さんとしての愛情や誇りを垣間見たような気がしました。

私は、とてもいい気持ちになり店をあとにしました。


《ネコ好きのおばあさん》(斜字は前回の部分です)

10年以上前の話です。
施設で暮らしているBさんは、朝から玄関にある椅子に腰掛けて過ごすことが好きな方でした。
Bさんは、アルツハイマー型認知症でした。

施設の入り口である玄関には、様々な方が行き来しますから、社交的で、愛嬌のあるBさんは、
いつもニコニコと挨拶を交わしていました。
施設のまわりには、野良猫がいるようでBさんは、玄関から見えるネコが気になっていました。

Bさんにねこのことを聞いてみると
『ねこ、すきだよ。うちで飼ってたからね…。』
話の途中で、玄関にねこの姿をみかけると
『ミーちゃん、ほらきた!おいでおいで!』と嬉しそうに満面の笑みでねこに声をかけていました。

ミーちゃんはしだいにBさんになつくようになりました。
それから半年くらい経ちました。
玄関には、お気に入りのねこのミーちゃんがいつでもいるようになりました。

Bさんは、じぶんの食事をエプロンや袋につめてネコに持っていくことが習慣になっていました。最初のうちは、おすそわけ程度の量だったのが、しだいにネコにもっていく量が増えてエスカレートしていきました。

Bさんは喜んで玄関前に、じぶんのご飯をもっていきました。ミーちゃんも食べきれない量でした。玄関前は毎日、掃除をしなくてはならないようになり、同時にBさんの食事を食べる量も減っていきました。


《木を見て森を見ず》

当時、私はBさんの担当者でした。
ネコ好きなBさん。このままでは、Bさんの食事の量が少なくなることが心配でした。
そこで次のような対応をしてみました。

 ① ネコのエサを購入する
 ② Bさんに食事のときに、ビニール袋に入れたエサを渡す
 ③ 食事の後にエサをネコにもっていってもらう

結果はうまくいきませんでした。
ネコがいなくても自分のごはんとエサを持っていくようになりました。
自分の部屋に持っていくようにもなりました。ごはんもエプロンに包んだままにしたり不衛生になりました。

ここで少し整理すると、認知症の症状であると考えられます。
Bさんのあたまの中で、じぶんの事とネコの事の区別がつかず、物事をわけて考える事ができない場面がみられました。「自分のごはん?ねこのごはん?」(理解・判断力の低下)

その後、ごはんに残りやエサを、自分の部屋に持ち帰ってしまいました。それをタンスの引き出しにいれたまま忘れたりすることも見受けられるようになりました(記憶力の低下・実行機能障害…計画をたてて段取りすることができない)。

Bさんは認知症の症状がみられていることをわかっていただけたかと思います。

私の思い付きの対応でネコのエサを準備したのですが、食事のときに渡したことで混乱をまねく要因になったと推察できます(行動・心理症状 BPSD)。

この後、ネコにえさをあげなくなりました。残飯を部屋にもってかえることが多くなりました。残飯をどう回収するかといったことや場当たり的な対応ばかり当時の私は考えがちでした。

中核症状(上の二重線の部分)は「脳の細胞が死んでしまい起こる症状」で治すことができませんが、行動・心理症状はまわりの人の対応やサポートがあれば良くなります。

考えなしに、良かれとおもいつきだったのです。私はBさんとネコのミーちゃんのことしか見ていなかった。まさしく「木を見て森を見ず」です。


《Bさんの世界を知ること》

では、いったい、Bさんのためにどうしたらよかったのか。
反省を踏まえて振り返りたいと思います。

専門的な話なのですが、介護福祉士のしごとの中に「介護過程」という、Bさんにより良い生活を送っていただくため、Bさんが必要としている支援について手順や経過をあらわしていく思考方法があるのですが、そういった分析をすすめながら、現在は生活の支援や介護をおこなっています。

当時は、「介護過程」という思考のプロセスはなかったこともあるので、以下の説明も根拠があることとはいえないのですが、参考程度にきいていただけたらと思います。

 ・「社交的」「ネコ好き」「エサをあげる」こうした情報が果たして正確なものであるのか
 ・「えさをあげること」に注目しすぎてしまいその背景を考えることができていなかったのではないか

と思います。

Bさんの知ること。まずは、話すことと聴くことから。
仲の良いお友達ができずに、本当はとても寂しくて、玄関にいたのかもしれません。
ネコが大好きなBさんの存在もとても大切なのですが、ネコにエサをあげようとする行動は、心の寂しさを埋め合わせるものであったのかもしれません。
もし、そうであるならば、サポートする形は変わってきます。

Bさんに合わせた趣味の時間や、あるいはレクリエーション・ゲームの機会をもうけて、人とのふれあいの時間をつくることで孤独感や不安感の軽減につながることもあります。

Bさんが落ち着いた中で、ネコの写真集やビデオを鑑賞していただいたり、ネコの思い出話をしていただくといったこともあるかとおもいます。

活動の機会を通して、いままで見えなかったBさんを発見することもあります。
それはBさんの世界を知ることにつながっていきます。


※Bさんの生活の一部を取り上げてみましたが、
介護保険施設では、利用者の希望と心身の状況に応じてケアプランを作成します。

ケアプランとは、どのような介護サービスをいつ、どれだけ利用するかを決める計画のことです。介護保険のサービスを利用するときは、まず、介護や支援の必要性に応じてサービスを組み合わせたケアプランを作成します。施設では多職種の方と連携しながらケアプランに基づいたサービスの提供をおこなっています。

認知症サポータ養成講座に沿った内容で記事を投稿させていただいていますので、専門的な部分は省略している箇所がございますこと、ご理解いただきますようお願いします。


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真竜小学校認知症サポート養成講座(講師:香味尚之)


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