自分姿NOW(北竜町民シーズン2)

今のご自分を表現するために、自分姿NOW
にチャレンジしてみませんか!


「ご自分の好きな服装(普段着・礼服・和服・作業姿・ランニング姿などなど)」「好きな場所(ご自宅・お庭・職場・農場・自家用車などなど)」「ご夫婦で」「ご家族で」「ご兄弟で」「同級生で」「仲間で」「ペットと一緒に」「遺影」、貴方の自由なポーズで撮影します。


今の自分を表現することで、
これからの自分が見えてくるかもしれません。
今の自分が作る未来を感じることができるかもしれません。


町民の皆様の人生の積み重ねと繋がりで、今の町が存在します。
今の皆様のお元気な姿を表現することで、北竜町が、さらに活性化し新たな光で輝き始めることを祈念いたします。
北竜町を情報発信で応援する私達が、真心込めてそのお手伝いをさせていただきたいと思います。

今を生きている貴方の素敵な瞬間を表現できたら最高です。

自分姿NOW

条件

・撮影対象 :北竜町民限定(北竜町在住)
・撮影場所 :北竜町内
・撮影日時 :ご相談
・ネット掲載:北竜町ポータル「北竜町民・シーズン2」コーナー(予定)
・写真寄贈 :2Lサイズ写真1枚
・費用   :無料(北竜町集落支援員として活動)
・使用カメラ:フルサイズ・SONY α7Ⅱ

ご連絡方法(寺内昇&郁子まで)

・メール、Facebookページ経由、お友達経由、どのような方法でもOKです。どうぞにご連絡ください
・メール:info★hokuryu.info(★を半角@に置き換えてください)
・Facebookページ:北竜町の宝もの https://www.facebook.com/hokuryunow/
・打ち合わせ日時を決めます

打ち合わせミーティング(1時間程)

・私達が、町内ならどこでもお伺いします
・いろいろ雑談もさせていただきます
・雑談内容はよろしければ、貴方を北竜町ポータル「北竜町民・シーズン2」コーナーでご紹介させていただきます
・撮影日時・場所を決めます

撮影

・寺内昇 & 郁子が指定場所にお伺いして撮影します(1時間程)
・2Lサイズの写真を贈呈します(無料です)
・B5サイズ以上をご希望の場合は、実費にて印刷発注いたします

干場一(ほしば はじめ)さん【002】

2017/10/29 16:01 に 寺内昇 が投稿   [ 2017/10/30 14:31 に更新しました ]

2017年10月30日(月)

干場一(ほしば はじめ)さん 
干場一(ほしば はじめ)さん


昭和4年生まれ 88才、六男三女の長男

1929年(昭和4年)5月生まれ、農家の六男三女の長男。雨竜町で生まれ、5才の時に豆腐店開業に伴い北竜町に入る。長男の干場一さんを筆頭に、9人弟妹だったので、兄妹の教科書やランドセルなどの学用品はすべておさがり。

家屋も広く、家族も多かったので、市街の子供たちが集って遊び賑わった。冬になると家の大きな屋根からの傾斜面に雪が積り、まるでスキー・ゲレンデ。「和スキー場」と呼んで、みんなでスキーを楽しんだ。


就職そして結婚

小学校時代、肋膜炎を発症し、学校を休んだ時期もあった。真竜小学校卒業後、高等小学校で2年間、その後、北海道岩見沢農業高等学校で3年間学ぶ。

高卒後は、北竜町役場に就職が決まっていたが、小学校の教員が不足していたこともあり、真竜小学校の教員に抜擢される。教壇に立ち、書道と図工も担当。2年間教員を勤め、1949年(昭和24年)、役場職員としての生活がスタート。25才のとき、青年団で知り合った、3才年下の俊子さんと大恋愛の末、結婚し一男二女に恵まれる。


御両親の豆腐屋経営

ご両親は、農家を営んでいたが、商売への転職を望み、1935年(昭和10年)北竜町へ入る。北竜町和地区で廃業した豆腐屋を譲ってもらい、豆腐店を開業。ご両親と妻の俊子さんの3人で豆腐屋を営む。

当時、ご両親弟妹合わせて13人家族。俊子さんは、朝食、昼のお弁当、夕飯の御三どんの上、ご両親のお豆腐づくりのお手伝いと朝から晩まで働きづくめの毎日。

「あの頃のお豆腐づくりは、機械ではなくすべて手作業。1日何回もの手動ポンプでの水汲み、冬は氷の張った冷たい水に素手を入れての豆腐の取り出し、重し用の重たい石の移動など大変な作業の連続でした」と当時の苦労を語る俊子さん。

戦時が始まるとお父様は国鉄に入社。その後バス会社を経て、委託制度により、駅長を勤めると同時に豆腐屋を閉店した。


森正一町長のもとで助役を3期

干場一さんは、20才の時に北竜町役場に就職。27才で土木係長、森町長就任時に建設課長に任命されて以来、産業課長、企画課長、総務課長、教育長を歴任。そして50才の時に助役に就任し、7期28年間務められた森町長の片腕となり、助役を3期12年間勤める。退職するまで42年もの間、町の発展に精魂込めて尽くす。


独学で2級建築士資格取

建設課のとき、独学で2級建築士の資格を取得。
当時、建築の担当者がいなかった。公営住宅を立て始めた時期で、空知支庁より公営住宅を建てるには、建築資格者が条件がつけられた。森町長より、干場さんに建築士資格取得の命が下される。干場さんは独学で勉強し、2級建築士の資格を見事に取得された。


退任後、サンフラワーパーク北竜温泉支配人に就任

1991年(平成3年)、森町長の退任と同時に干場さんも助役を退任。
「森町長に長年仕えてきて、自分の役職として憎まれ役をかってきたという自負がありました。次期町長には他の人がなった方がよい思い、森町長と一緒に退任しました」と干場一さん。

その後、サンフラワーパーク北竜温泉の支配人を務める。「63才からのホテルの経営は、初めての経験で大変な苦労でした」と干場さんは、様々な苦労をお話くださいました。


役場職員時代大切にしてきたもの

「上司、同僚、部下、仲間と仲良くやっていくことに、自分なりに力を尽くしました」と、人と人との繋がりや、良好な人間関係を大切にされた干場一さんです。


68才からの第二の人生

町の老人大学「北竜町ひまわり大学」入学、全国組織の「新老人の会」北海道支部への入会で世話人を務めたり、ご夫妻で春から秋はパークゴルフを楽しんでいらっしゃいます。


祝!平成28年秋の叙勲・瑞宝双光章 受章

秋の叙勲にて地方自治功労による瑞宝双光章を受章!
干場氏の42年間余の長きに亘る、地方公務員としての職務を果たされ多大なる功績に対して授与されました。秋の叙勲式には、勲章を着用し、ご夫妻で、皇居にて天皇の拝謁が行われました。


「瑞宝双光章」受章祝賀会にて(2016年12月11日) 
「瑞宝双光章」受章祝賀会にて(2016年12月11日)

平成28年度秋の叙勲「瑞宝双光章」 
平成28年度秋の叙勲「瑞宝双光章」


健康第一の人生

「いつのときも、何事にも、精一杯向き合い取り組んできました。これからの人生も、なにより健康で、1日1日を大切にゆっくりと歩んでいきたいと思います」と、穏やかな笑みを浮かべる干場一さんです。


第6回干場一杯夫婦大会 
第6回干場一杯夫婦大会(撮影:2017年10月1日)

干場一さんティーショットのアドレス 
干場一さんアドレス

干場俊子さんティーショットのアドレス 
干場俊子さんアドレス

グリーンにて 
グリーンにて

ご夫婦で 
ご夫婦で

ホールインワン! 
ホールインワン!

祝!ホールインワン 
祝!ホールインワン

干場一さんのティーショット! 
干場一さんのティーショット!

ゲーム終了後のご挨拶 
ゲーム終了後のご挨拶

来年もまたお会いしましょう 
来年もまたお会いしましょう

参加者全員で祈念撮影 
参加者全員で祈念撮影


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◇ 撮影・編集:寺内昇 取材・文:寺内郁子

田中盛亮(たなか もりすけ)さん【001】

2017/10/22 16:20 に 寺内昇 が投稿   [ 2017/10/22 16:20 に更新しました ]

2017年10月23日(月)

田中盛亮さん(80歳) 
田中盛亮さん(80歳)


プロフィール

・1937年(昭和12年)1月生(80才)

北竜町青年団団長、北空知青年団団長を歴任

青年団は、各地域の20歳代から30歳代の青年男女により組織される団体。各市町村の青年団は、都道府県の青年団連合体に加盟し、さらに全国組織を結成。活動としては、全国青年大会(バレーボール、野球、フットサルなどの各種スポーツや演劇などの文化活動を発表する大会を開催。また、研究集会では、青年団が集い、発表・討論会が実施されています。 「私は、青年団活動で様々な事を学びました。青年団は、私の人生に於ける人間形成の基盤といえます」と、誇らしげに語る田中盛亮さん。


農民協役員、町議員(副議長・議長)

農家を営みながら、農民協役員、町議員(副議長・議長)を4期16年間勤める(1983年~1999年)。


農業と掛け持ちで、金山建設で5年間勤務

2000年(平成12年)、金山建設(株)で農業受託事業としての新分野「農業委託部」が設立。当時、金山社長が、地元農協の元組合長・黄倉良二氏より、農家の高齢化による人手不足等様々な相談を受け、農業者である田中盛亮氏が中心となり、新規分野の事業が展開していった。 農業受託事業は、農繁期に、建設会社の従業員や地域の農業者OBなどを派遣し、農作業に従事する事業。建設会社における農業分野への参入は、世の話題を博した。東京の大手新聞社3社(朝日・読売・毎日)が取材に訪れ、NHKでも道のスペシャル番組として取り上げらる等、当時マスコミの注目を浴びた。


社会福祉協議会会長を10年間勤める

引退後は、パークゴルフを楽しむ


人生の指針

「何事も心を尽くすことです。愛をもって、常に精一杯、一生懸命に向き合って行動することです」
「困難や苦しみを抱えたときは、その問題に真正面からしっかりと向き合い、将来の難問を思案し悩むのではなく、今その瞬間をいかに切り抜けるかを必死に考え行動する。相手の悩みを聞いてあげるだけでも、心が落ち着き、悩みは薄れていくもの。物事は成すようにしか成らないので、しっかりと向き合っていれば、時間が解決してくれることが多々あります」。


これまでの人生において最も大切なこと

「私の人生、悲しいことをたくさん背負って生きてきました。それでもキラッときらめくしあわせなことも多々ありました。その中でも人生最高に幸せと思うえることは、3人の素晴らしい女性に出逢えたことです」。


人生で心に残っている言葉

「宇宙飛行士アームストロングが、月面着陸生還後のインタビューで、アームストロング本人の喜びの言葉よりも、『人生最高の喜びは、アームストロングと結婚したことです』と語った夫人の言葉に感動しました。 『野村監督の言葉で、『夫婦円満の秘訣は、お互いの想いを成就させるために努力することです』というこの言葉は今でも覚えています」。

 「夫婦としての出会いは、人生最高のことであり、相手(パートナー)への思いやりこそが、人生を円満に幸せに生きていく道筋なのだと思います」と、しみじみと語ってくださった田中さん。
人生における人との出会い・ご縁をとても大切にしている田中盛亮さんです。


田中盛亮さん・和子さんご夫妻 
田中盛亮さん・和子さんご夫妻

田中盛亮さん・和子さんご夫妻 
田中盛亮さん・和子さんご夫妻

田中盛亮さん@北竜ひまわりパークゴルフ場 
田中盛亮さん@北竜ひまわりパークゴルフ場

ナイスショット 
ナイスショット

ナイスショット 
田中盛亮さん

お二人で 
お二人で

アプローチ 
アプローチ

仲睦まじく 
仲睦まじく


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◇ 撮影・編集:寺内昇 取材・文:寺内郁子

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