「四季『春』を詠む」杉本隆文

2014/02/26 12:37 に 寺内昇 が投稿   [ 2014/03/13 14:51 に更新しました ]

杉本隆文 氏 宴終えふたたび花の闇となる

 久し振りに中学校のクラス会があった。故田中北斗(本名・保)さんの添削で特選句を頂いた。正直嬉しかった。俳句を始めた頃の一句。俳句で“花”とは桜のこと。


ひとりじめパスタの味も春めいて

 十数年前のこと。とあるレストランに行き、カルボナーラを注文した。ひとりじめしたくなるほど美味であった。レストランの外はもう春めいていた。


まちぶせやユーミンの声啓蟄に

 ユーミンとは松任谷山実の愛称で、石川ひとみがこの曲を歌い、涙の紅白初出場となった。啓蟄とは春になって虫達が穴から出てくることをいう。それに“まちぶせ”を取り合わせた一句である。


肩組んで絆はるかに鳥帰る

 クラス会での句であるが、宴会が終わり、これからも同級生として、三々五々我々も、絆はるかに、鳥帰るように一人、二人と去っていったのである。別れは非常に淋しいが・・・。


老木の堪える姿で春に立つ

 立春のことであるが、北国はまだ雪が残っている。老木も雪の重さに堪えながら立っている姿は、老木であろうと力強いことである。人間も同様でなかろうか。


太陽が居間に転がり長閑かな

 “長閑(のどか)”とは春の季語であるが、度々晴天に恵まれる日がある。その頃のことであるが、暖かく大きな太陽が居間に転がってくるようで、長閑そのものである。


点眼をしてゆっくりと桜散る

 三十歳になって急激に視力が洛ちた。眼科に行くと、強度の乱視と言われ、眼鏡を掛けざることとなった。眼精疲労もあったが、目薬を差すと桜が見事に散る様が美しかった。


枕経聴きて日永のたしかかな

 平成十五年二月七日、祖母が逝去した。突然の訃報に住職も驚いた。用事が重なっていたらしい。午後三時に息を引きとり、枕経は四時頃であった。日が長くなり出し、まさに日永を感じた。数え百三歳、当時、北竜町の最高齢者として新聞にも掲載された。


印影の明暗ありて二月冬

 行政関係に携わったことはないが、二月、三月ともなると事務仕事も大切な事である。明暗に分かれる時期でもあると思う。ご苦労様といったところか。


義経の甲冑光る風となる

 “風光る”が春の季語。数年前の大河ドラマで滝沢秀明が演じた。春の鋭い風の中、彼は正々堂々と、甲冑がまるで光り出したかの様な演技だった。正に若者らしい清々しい感じがした。


安住の地と決め拳春寒し

 人生、紆余曲折は誰しもが経験することだろう。僕もこの地、北竜町に安住しようと心に決めた。まだ春は浅い時期で、時々寒い日を送る。両手の指をグッと握りしめた。


清貧を糧に三寒四温かな

 三日寒さが続けば四日暖かい日を繰り返し、次第に春が本格的になる頃だが、貧しくても、ピンチがあっても清貧を心にひきしめ、それを糧にして前に進みたいものだ。


浜風に耐える和菓子屋婆の春

 浜頓別の吟行句会の帰途、家族に土産品を買い求めようと老舗和菓子屋に寄る。出て来だのは小柄なイイお婆ちゃんだった。この地は浜風が強いようだ。逞しく浜風の強さに耐えながらも経営しているらしい。


北限の村に師の影鳥帰る

 これも浜頓別吟行句の一句。故北光星先生の第七句碑のあるマチ。渡り大工だった師がこの地を訪れ、その影が今も当地に宿っているかのようだ。源鬼彦主宰の選を頂いた。


北竜町民「杉本隆文(すぎもと たかふみ)さん」