あなたと共に歩む町づくりー主役は町民ー・西野陽一北竜町長のお話し

2011/04/21 0:30 に 寺内昇 が投稿   [ 2011/08/03 1:08 に更新しました ]
2010年11月11日(木)

北竜町の西野陽一(にしのよういち)町長(63歳)に、お話をお伺いすることができました。

西野町長は、先月(10月)、時事通信社のインタビューを受けられました。インタビューの模様は、時事ドットコムの「トップインタビュー」コラムに記事が掲載されています。

◆ 西野陽一町長の選出

私達が北竜町にご縁を戴く機会をお与え下さった方は、北竜町の前町長・一関開治(いちのせきかいじ)さん。53才の若さでアルツハイマー型認知症を患い、勇気をもって告白されて町長を辞任されたのが2004年(平成16年)。

当時、助役として一関町長を側近で支えていらっしゃったのが、現町長の西野陽一さんです。


西野陽一 町長(北海道北竜町)
はにかむ笑顔も温かい
西野陽一 町長(北海道北竜町)


西野町長は、1966年(昭和41年)北竜町役場に奉職し、企画課長、教育委員会次長、産業課長、助役などを歴任されました。1991年(平成3年)~1994年(平成6年)ころ、北竜町のシンボルであるサンフラワーパーク北竜の建設時には、企画課長として活躍されました。そして、西野町長の御父様は、第7代北竜町農業協同組合・西野秀一組合長です。

2001年(平成13年)、小泉政権がスタートし、三位一体の改革によって、地方交付税の縮小や国庫補助負担金の縮減などが行われ、町は財政的に厳しい状況でした。また合併促進法が制定され、全国的に合併の真っ只中にありました。
2004年、一関町長の病気による辞任という急を要する状況下であり、同年2月、西野助役は無投票による選挙で町長に選ばれました。

西野町長は、北竜町の行政のことや町民のことなどたくさんのことを、私達にお話ししてくださいました。

当時、行政に求められた事は、健全な財政運営、行財政改革、そして合併問題。行政運営においては、交付税縮小に伴った行政サービスの廃止や縮小が行われました。さらに、補助金カット、職員の給与カットなどが強いられ、町民には、手数料の値上げなど、負担を掛けざるを得ない状況でした。

町長はその都度、行政の状況について、町民に良いことも悪いこともすべからく説明し、意見や理解を求めていきました。

合併問題においても、町長自ら各地区へ出向いて、町民へ説明し理解を求めて議論を重ねてこられました。

結果として、合併には至りませんでしたが、自立への道をどう切り開いていくのかという多くの課題が沸き起こりました。

◆「あなたと共に歩む町づくり」ー 主役は町民 ー

町長のスローガンは、「あなた(町)と共に歩む町づくり」

行政の情報を町民に提供して、町民の参加と協力を仰ぐ。行政と町民が共に参加し歩み、町民が一体となって取組む町づくり。「主役は町民です」と西野町長の力強いお言葉です。

行政組織内部で、トップの考えが底辺まで浸透して広くいき渡ると同時に、職員の意見がトップ・役員まで届くような風通しの良い内部を心掛けていらっしゃるそうです。

会議では、職員ひとりひとりの意見を最後までじっくりと聞き入れます。職員同士で、新しい発想をどんどん展開させ発展させていく。意見のぶつかり合いの中で、職員は自分の考えを確立し成長していきます。また、発言と同時に責任感も自覚していくのです。

自分の考えを持って挑んでも、職員が自分以上に良い考えをもっていることに気付くことがあります」。そこには、広く意見を取り入れ、変化のある考えをしっかりと受け取っていこうとする、町長の優しさが存在しました。

町長が就任されたとき、副町長と教育長にお願いしたことは「私を褒めて下さい。私もあなた方を褒めます

町民から負託されている行政が、チームワーク良く行政を運営していくことの大切さを、強く主張なさっていらっしゃいました。

民主主義で時間はかかりますが、内部の活性化、人材育成には、時間をかけてじっくり行っていくことは大切なことだと考えています

このお言葉には、常に行政内部が統一した考えをもつことによって、町民に不安を持たせないように努める町長の真摯な姿勢が垣間見られました。

そして、行政が時として、法律や条例を掲げて、町民に対して不都合でクリアできない壁になっているときがあります。職員が、町民から相談を受けた時、法律を盾にとって駄目だというのでは問題です。相手の立場にたって、どうしたら問題を解決することができるのか、という視点に立って仕事をして欲しいと、町長はおっしゃいました。

町民の立場、目線に立って考え行動することが、町民の信頼を得て、町民の幸せに繋がっていくことだと信じているからです

町民のことを深く思う町長の熱い信念が、じっくりと伝わってきました。

◆ 心温かい人々の町・北竜町

コミュニティを大切にしている、北竜町民の素晴らしさを語ってくださいました。

時折、タッパーに入った煮豆が、西野町長の新聞受けに置いてあるそうです。西野町長が帰宅する頃「あったっしょ!町長さん、お豆が好きだって聞いたから。。。」という電話の声。独り暮らしの西野町長の食事を気遣う、お隣の家の優しいおばあちゃんです。

『最近、お隣さんの家の電気が付いてないよね。もしかしたら、具合わるいのかな? 娘さんの家にでも、行ったんかい?』という町民の方々の会話。こうした会話のやりとりによって、お互いが見守り合い、助け合いながら地域がひとつになって生きていくことの大切さを感じます。この心がある限り、北竜町は大丈夫だと思っています

西野町長が娘さんからいつも言われることは「孤独死しないで下さいね。そして、何かあって倒れた時に、町の人がすぐ家に入ってこられるように、夜寝るときは、鍵を掛けないでくださいね!」

親密になったからと言って、家に土足で入っていくのではなく、何も言わなくても見守っているような地域力がこの町の良いところだと思います。安否を気遣いながらも、過干渉はしない温かな思いやりです

北竜町の町民はみんな良い人、『食べるかい?もっていきな!』と初めて会った人にも、親しげに優しい言葉をかける心温かい人々です」と西野町長は、誇らしげに話してくださいました。

地域の会合などに行った時は、「いつでもお茶を飲みに、世間話しをしに町長室に遊びにきて下さいね」と親しみのある優しさで、町民に話しかけていらっしゃる西野町長です。


北竜町サンフラーパーク 眺望の丘より北竜町を臨む


◆ 北竜町は、農業の最高の舞台
 太陽の花「ひまわり」は北竜町のシンボル


今年の国勢調査により、北竜町の人口は、2,193人。前回の5年前の調査より、183人の減少。人口数は、地方交付税の算定基礎数字となります。
北竜町では、人口増加の施策として、町独自の児童手当、医療費、保育料、給食費の半額助成などを行っています。しかし、現在の経済産業構造の下では、人口増に繋がる事はなかなか難しく、活路を見出せない状態です。

のどかな田園風景、そして、ひまわり、温泉、パークゴルフ場を楽しむことのできる町・北竜町。今のありままの北竜町の中で、住んでいる人が満足することは勿論のこと、さらに、この町を訪れる人々が心の癒しや安らぎを求めて寄っていただけるような、滞在型の町づくりを進めたいと思います」。

都市と農村が、短期間であっても、お互いに住み分けをしていて、良い所を吸収しあえる関係を持つことの大切さ。そして、都会の人々が、心温まる田園風景や町民の温かい心に触れることのできる北竜町は、大きな価値があると、西野町長は語っていらっしゃいました。

北竜町は、肥沃な土地、清らかな水に恵まれていて、農業の最高の舞台。そして、商業、農業、観光に力を発揮している太陽の花・ひまわりは、大切な北竜町のシンボルです

◆ 町全体が協力し、連帯して築き上げる地域力の維持

将来、町がさまざまな状況を迎え、例え人口減少の状態にあっても、安心して、健康的に生きていけるような町づくり。その為に、町全体が協力し合い、連帯し築き上げていく地域力が必要です。その地域力をどの様な形で築き上げ、どの様に発展させていくのかを常に考えています。

例えば、動けなくて買い物に行けない高齢者の為に、元気な人々が欲しいものを家に届けるというシステムが整っている町。強いものも弱いものもお互いに助け合い、協力し合う町。ひとりではなく、みんなで手を繋ぎあって生きていく町。連帯して築き上げていく地域力。

こうした地域力を維持していくには、留まることのない新しい流れが大切です。常に鮮度が必要なのです。

受け継がれてきたものを最も大切に守り続けながら、常に変化を求めて、新しい風を送り込み鮮度を保って進んいく町。議論を恐れず、新しい道を切り開いていく町。ひまわりのように元気で明るい、平和な北竜町をいつも心に描いています


心から北竜町民のことを想い、限りなく北竜町の町を愛する西野町長の瞳は、温かい思いやりと優しさで満ち溢れていました。


北竜町・町営アパートより朝陽を臨む
北竜町・公営住宅より朝陽を臨む



太陽の恵みをいっぱいに浴びた明るいひまわりと、元気で心温かい町民の皆さん、

肥沃な大地と清らかな水を讃える農業の最高舞台、北竜町に

永遠なる愛と感謝と笑顔をこめて。。。


 いくこ&のぼる

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